羽賀翔一×竹中土木対談 「ダムの日」が生まれるまで
2020.08.28.
※この対談は 竹中土木 社報217号(2017年4月15日発行)より転載させていただいています。
「土木の世界で働く技術者の実情を緻密に描き出したビジネス漫画」として注目を集める「ダムの日」作者・羽賀翔一氏と岩田常務が対談。作品が生まれた背景や「土木屋の生き様」、現場で働く人たちへの想いなどを語りあいました。
※当時:常務執行役員 大阪本店長
現在:取締役専務執行役員 営業本部長
「ダムの日」が生まれた背景
岩田 2014年に経営戦略室長の時は、社長と直接話し合う機会が多かったのですが、「建設業を志望する若い人達が減っている現状をなんとかできないだろうか・・・」という話題が度々ありました。また、業界のある方との議論のなかで”土木の漫画”があれば若い人が建設業に興味を持つきっかけになるのでは・・・という話がでました。そこで、出版界に詳しい㈱コルク社長 佐渡島庸平氏に「若者の興味を引くような”土木現場を題材とした漫画”を作れないか?才能のある若手で、土木の世界に興味があるような漫画家はいないか?」と打診したところ、すぐに、連載とはいかないだろうが「題材としては面白い!」との反応でした。
その後、佐渡島社長から「プレジデント社が仕事をテーマにした漫画雑誌を発刊することになったので、そこに土木現場を題材とした漫画を載せようと思っている。契約作家の羽賀翔一氏に描かせようと思うので、現場見学を企画してほしい」と連絡があり、いくつかの現場をリストアップ。羽賀さんと㈱コルクの編集者と私の3名で、大分川ダムの現場まで出向くことになりました。
「土木の知識ゼロ」からのスタート
羽賀 プレジデント社のビジネス誌に「仕事をテーマにした連載漫画」と、佐渡島さんからお話を頂いたのですが、前作の「ケシゴムライフ」は高校が舞台の学園モノ・・・「仕事の漫画」と言われてもまったくイメージが湧かないうえ、「土木」のことは何も知らず興味もない状況。また、私は会社勤めをしていないので仕事や働くことへのメッセージやテーゼも無い。その上、連載も初めてですから当初は不安でいっぱい・・・まさに”ゼロからのスタート”でしたね(笑)
岩田 今でこそ講演でもしっかり話をされる羽賀さんですが、初対面の印象は”ふわっ”としていておとなしい・・・本当に土木のことを分かってくれるのか?この人で大丈夫だろうか?・・・正直こちらも不安でしたよ(笑)
ところが実際に現場に行くと、職員をはじめ作業員からCADオペさんまで色々な方々に非常に熱心に取材をしていた・・・その様子を見て少し安心しましたね。
羽賀 大分川ダムの取材では、見るもの聞くもの驚きばかりでした。土木工事のスケールの大きさはもちろんですが、特に印象的だったのが”安全を最優先に自らを律して働く人たちの姿”。さらに、現場で働く一人ひとりが、それぞれの持ち場で細かい部分への配慮を積み重ねるからこそ、こんなに大きなモノが誤差なく生まれるんだなと感じました。
また、東京で技術者の方々にお話を聞いた際、「なんで単身赴任でしかもこんなに過酷な状況で仕事をしているのか?」と聞くと、「仲間や地域の人たち、究極”人が好き”だから頑張れる」・・・この言葉が強く印象に残りました。
この時、単に土木の情報や仕事をアピールするのではなく、自分の持ち味である人と人の繋がり・・・「土木という世界で織りなされる人間模様や”生き様”を前面に出して描けばいいのかな」と少し目の前が開けた気がしました。
岩田 当初は、羽賀さんの土木の知識を補うために色々と書籍を提供したのですが、あるとき佐渡島社長から「漫画家は想像力が大切・・・あまり知識を詰め込みすぎると面白い漫画は描けない!」と釘を刺されてしまいました。
それでもまだ”半信半疑”だったのですが、大分川ダムから戻って・・・「実際に土木現場に足を運んで何が一番大事だと感じた?」と質問すると、即座に返ってきたのが「安全」・・・この瞬間「この感性なら大丈夫!いける!」と感じましたね(笑)。
羽賀 その話は全然知らなくて・・・佐渡島さんに”ネーム”を見せるといつも「もっと調べなきゃダメ!全然勉強が足りないよ」と駄目だしばかりでした(笑)。ある意味読者と自分の”目線”というか土木に対する知識や見方は近いですから、自分が面白いと感じたことは、読む人にも興味を持ってもらえるのではないか・・・普段なにげなく見ている橋や高速道路の向こうに”造った人”が想像できる・・・そんな作品にできたらいいなと思いました。
大分川ダムの取材を通して見えて来たものや、若手技術者との懇親会で感じた土木屋の心情など、出会いの軌跡を自分なりに作品のなかに織り込めた気がします。多少ネガティブな情報も入れこみましたが、「土木をアピールするイメージアップの漫画」と縛られていたら、行き詰まっていたかもしれませんね。
期待以上の作品に・・・
岩田 2014年の10月15日に第1話が掲載され・・・こちらが期待した以上の素晴らしい出来でしたので”羽賀翔一ワールド”に感動・・・思わず涙がこぼれそうになりました(笑)。
建設産業は日本の「ものづくり」の中で最も規模が大きく、従事者は500万人。「土木」は自然要因や個人の力量に左右される分野ゆえ、様々なドラマがあるのですが、残念ながら一般の人達には認識されていない。伝えるのが難しい「土木の世界」やそこで働く技術者の実情を、見事に捉えていると感服!国交省をはじめ業界内でも「これは凄く良い!」と評判を呼び、皆さんに応援して頂けたことも嬉しかったですね。
大阪の「建設技術展」での講演会に講師として羽賀さんを招き、パネルディスカッションにも参加してもらいましたが、そこでの話しがまた本当に素晴らしくて、参加者皆が絶賛していました。
羽賀 先が見えない状態でスタートした連載が15話まで続けられたのは、竹中土木の皆さんのサポートのおかげと感謝しています。色々な方と会わせて頂いたうえ、困ったり悩んだりした際に連絡すると直ぐに対応してくれた岩田さんや技術者のみなさんが、片手間ではなく”本気”で向き合ってくれたからこそ、この作品は成立したのだろうと思っています。
”土木の魅力的な世界”を少しでも伝えられたら嬉しいのですが・・・ただ、実際に出会った方々は漫画よりもずっと魅力的で格好よかったですし、土木現場のスケール感などは「まだまだ描ききれなかったかな」という想いはありますね。
岩田 我々土木の仕事は、普段の生活の一部となって目立たず社会を支えるもの・・・人々が日常の中で普通に使ってくれていることが喜びなのですが、何かの時に「つくった人の顔」を想い浮かべてくれたら嬉しい限り。誤解だけはして欲しくないので、この作品を通して「土木」のことを世の中の多くの人にもっと知ってもらいたいと思っています。
同時に、羽賀翔一という作家がこの作品を足掛かりとして「漫画の世界」で大ブレイクして欲しいと願っていますよ。
羽賀 私が本格的に漫画を描きはじめたのは大学を卒業してから。マンガは自分の想像力を膨らませ、部屋にこもって描くものと思っていました。
今回は、取材を通して人と出会い、そこから刺激を受けて”想いや生き様”を作品に落とし込むという、自分なりの挑戦だったのですが、創作の視野と幅が広がったように思います。
「人の心に届く作品」にするためには”リアリティのある世界”も大切な要素なんだと実感しました。
土木技術者は『ヒーロー』
羽賀 「平凡で名もないサラリーマンが、東京の巨大地震を未然に防ぐ」という村上春樹の短編「かえるくん、東京を救う」を読んだ当時・・・主人公が”格好いいヒーロー”に思えました。今回取材で出会った土木技術者や職人の皆さんと、ある面では重なるものがあると感じました。”人知れず世の中の根っこを支える仕事人”って格好いいですよね(笑)。
この貴重な経験を次に活かし、私も”オイちゃん”のように子供に自慢できる仕事を続けていきたいと思っています。
岩田 土木は世間から脚光を浴びる世界ではありませんが、色々な産業があって社会が成り立っていることを若い人達に認識して欲しいと思います。
見た目だけにとらわれず、多くの若い人達が建設産業を志し、誇りを持って働くなかでゆとりある生活が実現できる・・・若者にとって「魅力ある土木」にしていくことも私たちの責務の一つと捉えています。
お互いに頑張りましょう!。
竹中土木 社報217号(2017年4月15日発行)より転載