「変わるきっかけはどこにでもある」強いセリフの裏側にある三田紀房の経験と人生

『インベスターZ』、『ドラゴン桜』、『クロカン』、『エンゼルバンク』。三田紀房作品はどれもインパクトのある表情と、強烈なセリフが印象的だ。そんな強いコマと強いセリフが散りばめられた「三田紀房 時は金なりカレンダー2021」の予約が始まっている。

三田紀房が生み出す個性豊かなキャラクターたち。彼らが繰り出す、魅力的で強い言葉の裏側にはどのような想いが込められているのか。三田先生にそれぞれのセリフにまつわるエピソードを伺いました!

(取材・構成:井上皓介)

(カレンダーには三田作品の強烈なセリフが散りばめられている。)

 

「カレンダーいい感じに仕上がったね。」

 

ーはい。三田作品の強いセリフとヒキのあるコマをふんだんに入れて、見た人が「頑張るぞ!」と思えるようなカレンダーに仕上げました。

「なるほど。お疲れさまです。」

 

ーカレンダー発売特別企画として、「三田作品の強いセリフに込められた背景を知りたい」というテーマで、カレンダーで使用されているセリフの裏側にある三田先生の経験や実際の学びについてお伺いできればと思っています。

 「なるほど…。良いとは思うけど、おれけっこう細かいことはすぐ忘れちゃうから、そういう意味でけっこう難しい企画だね(笑)」

 

ー編集会議(漫画の次の一話について話し合う打ち合わせ)で三田先生がおっしゃっていた、マンガ家を目指したきっかけや働き方についてのお話が好きです。なので、今回はカレンダーに掲載されているセリフに関連したエピソードを話していただけたら嬉しいのですが…

「なるほど。それだったら、1月のカレンダーに載っているセリフがまさに僕のマンガ家デビューを一言で表しているセリフかもしれない。」

「考えるな!動けっ!行動するヤツだけが勝つ!」マンガ家・三田紀房の原点がここにある!

 

(この桜木の一言が、三田先生のマンガ家デビューを表しているという。)

 「おれ、大学時代は剣道とバイトに打ち込んでいて全く就職活動のことなんて考えていなかったわけ。それでお盆の後に大学の就職課に行ったら、「今ごろ来て何考えてるんだ。もう流通かアパレルしか受けられないぞ。」と言われて。それで流通大手の企業を2−3社勧められて百貨店に就職したの。」

 

ー三田先生にとっては、不本意な就職をしたという感じだったんでしょうか。

「いや、大学時代のときになりたかったのってサラリーマンだったから、就職できたこと自体はとても嬉しかった。実家が洋服屋で、親が年がら年中働いていて、「親みたいに働きたくないな」って思ってた。だから、年中働かなくても給料が貰えるサラリーマンっていいなと最初は思ってた。」

 

ーそうだったんですね。その後1年経ってから会社を辞めて、実家の家業を継いだと伺いました。

「百貨店でサラリーマンをやるのは、ストレスフリーだし休みも給料も安定しているから悪くはなかった。けど、3ヶ月位かな、「あれ、百貨店の仕事ってこんなもんか。これを一生やるのか」って思い始めてからは仕事があまりおもしろくなかった。そんな風に考えていたから「父が病に倒れたから家業を手伝え」と連絡が来た時はすぐ会社に「辞めます。お世話になりました。」って言って実家を継ぐことにしたの。」

 

ー実家に戻った後は、家業の経営にかなり苦しんだとお聞きしたことがあります。

「当時、大型ショッピングモールが地方展開を始めて猛勢を奮っていた時代で、個人店に勝ち目なんてないわけ。そんな時に父が事業でかなり借金していたこともわかって、なんとかしてお金を稼がないといけなかった。

 そんな時にたまたま漫画雑誌を読んでいたら“新人賞募集中!大賞には100万円”って書いてあってさ。で、漫画雑誌に掲載されている受賞作を見てみたら「これくらいならおれで描けそうだな」と思えたの。だから描き始めてみた。絵は昔からそれなりに描けたし、当時は喉から手が出るほどお金が欲しかった。こう言うと驚かれるけれど、ぼくは”お金のために”マンガを描き始めたんだよ。」

(喉から手が出るほど、ほしい!)

ー家業を経営しながら漫画を書くのは大変だったのではないですか?

「当時お客さんが本当に入らなかったからね。とにかく暇だったから、店番をしている時に描いてた(笑)。それで描きあがったものを応募したら、賞は取れなかったものの最終候補にまで残って。初めて描いた作品が最終候補まで残ったわけだから「これは可能性がある」と手応えを感じたわけ。だから少し改善して次にもう一度応募してみようと出したら、ちばてつや賞を頂けた。」

 

ー全く制作経験がない中で応募するだけでもスゴイのに、新人賞に入賞しちゃうなんて……本当に驚きです。

「ぼくの考えは「”制作経験がないから”応募してみよう」なんだよね。ある程度の分析は重要だけど、まずはトライしてみて自分の実力を知るために行動するほうが大事。みんなマンガ家になろうと決めたら、「準備が大事」だと思って絵の練習やストーリーの勉強をし始めるけど、ぼくからしたら「準備は1円にもならない」。とりあえず応募すること、つまり行動することのほうが大事。」

ーなるほど…とにかく「考えるな!動けっ!」を実践したことがマンガ家デビューに繋がったんですね。

「うん。動いたら何かしら結果が出る。そのときに継続するかどうか、継続するなら何を改善したら良いのかを考えればいい。練習なんていらない。とにかく何よりも大事なのは、行動力だよ。」

(「考えるな!動け!」そのメッセージは三田作品の随所に散りばめられている…)

 

たとえ反対されても、無視しろ!「大きな成功を得るには“まとも”じゃないこと」

 

ーとはいえ、いきなり漫画を描き始めたことにご家族は相当驚いたんじゃないですか?

「いや、新人賞に応募することは、誰にも喋らなかった。」

 

ー家族にも相談しなかったんですか?

「だって相談してもどうにもならないじゃない。それにわからない人に話してみたところで「わからないからやめとけ」って言われるでしょ。」

 

ーもし相談して反対されていたらマンガ家三田紀房は生まれていなかったってことですか。

「そんなこともないかな。だって、たとえ反対されたとしても無視するから(笑)。だって相手に迷惑をかけるわけじゃないんだし。迷惑かけるわけじゃないんだから相談しなくていいし、たとえ反対されてもやればいいの。」

 

ーなるほど…!これは11月のカレンダーに掲載されている「大きな成功を得るにはまともじゃないこと」というセリフに通じるエピソードかもしれませんね。

「まあ、そうだね。それだと『ドラゴン桜2』の作画完全外注とかも良い例かな。

『ドラゴン桜2』は作画を外部にお願いしているのは、知ってるよね。これまで原作・作画という漫画制作においての分業体制はあっても、デザイン会社に作画を完全に外注するという形態はなかったわけじゃない。前例のないことだったから、失敗する可能性もあった。

でも、ぼくはこう考えた。もしこのスタイルが確立できたら、自分たちだけの利益ではなく、マンガ業界全体の利益になるんじゃないかって。作画外注の体勢を整えるのには入念な準備が必要だったし、スムーズな制作の流れを確立するのには時間がかかった。でも今では、ぼくはこのシステムのおかげで週刊連載を2本続けられているし、制作が送れて休載したことは一度もない。

『ドラゴン桜2』はモーニングで人気連載作品になって、ありがたいことにドラマ化も決まっている。まだ『ドラゴン桜2』は続くけど、結果的に作画外注のスタイルにチャレンジしてみてよかったなって思ってるよ。」

 

ー「大きな成功を得るには〜」のセリフのあとにも書かれていますが、成功するためには勇気が大事ってことですね。

「うん。多くの人が相談したり準備を入念にしたりするのは、きっと「不安」だから。でも、不安でもとりあえず勇気を出して動いてみる。「まともじゃないこと」って言葉は「自分を信じてやってみること」って言い換えてもいいかもしれない。失敗することはもちろんあるけど、自分を信じてやらないと成功はできないからね。変わるきっかけはどこにでもある。あとは勇気があるかどうかだね。」

(恐れずに、まずはやってみる。三田作品は一歩踏み出すことの大切さを教えてくれる。)

 

「必要なことは型にはまること! 成功はすべて型によってもたらされるのよ!」

 

ーほかにも三田先生の実体験とリンクしたセリフをご紹介していただいてもよろしいでしょうか?

「これって、2つのセリフで一つのエピソードを話す感じでも良いんだっけ?」

 

ーぼくはまだ編集スキルがないので、出来ればセリフひとつにつきエピソードを一つ紹介してもらえると…

「なるほど。じゃあ、それは編集を頑張って(笑)。」

 

ー頑張ります…

 

(『インベスターZ』『クロカン』より。それぞれ2月・6月のカレンダーに掲載されている)

「2月の『クロカン』、そして6月の『インベスターZ』。これらの2つのセリフはまさに、僕が『クロカン』でアンケートで一位を取るまでの道のりにマッチしていて、非常に感慨深いものがある。」

 

ー『クロカン』は三田先生の初期の代表作品ですね

「『クロカン』はぼくにとって初めての長期連載作品。「高校野球の監督を主人公とした物語が描きたい」という僕の希望が実現できた作品だった。しかも当初月刊連載だったものが週刊連載に変わるという幸運にも恵まれて、当時はかなり満足していたんだよね。」

 

ーはい。『漫画ゴラク』で連載が始まったんですよね。

「でも、週刊連載に変わるタイミングで編集者が変わった。その編集者が「『クロカン』はとてもおもしろいので、『漫画ゴラク』で一番を目指しましょう」と言ってきたわけ。」

 

ーなるほど。それで三田先生はどうしたんですか?

「いや、無理に決まってるじゃないって思った(笑)。その当時『ミナミの帝王』が『漫画ゴラク』で不動の1位だったからね。」

 

ー弱気の三田先生、珍しいですね。

「それほど『ミナミの帝王』は圧倒的だった。でも、その編集者は「三田さんならできます。やりましょう」と一点張り。そう言われ続けたら「この意気に答えるしかない」と思い始めて共に1位を目指しはじめた。」

 

ー編集者の熱意に押されたんですね。それで1位になるために何をされたんですか?

「さっきも言ったとおり『ミナミの帝王』が圧倒的に1位だった。だから『ミナミの帝王』がヒットしている要因を『クロカン』に取り込めば順位が上がると思って、『ミナミの帝王』を読み込んで研究したんだよね。

『ミナミの帝王』から学んだことは3つあって、一つは登場人物の顔を紙面上にデカく描くこと。2つ目は、大きく顔が描かれているコマで決めゼリフを入れること。3つ目がベタな「絵」を使った比喩を描くことだね。」

 

ーなるほど!おもしろいです。それで、結果はどうだったんですか?

「さっき話した『ミナミの帝王』のヒット要因を取り入れてみたら、無事に『クロカン』は読者アンケートで1位を獲得することが出来た。『クロカン』以降の作品を読めばきっと分かるけど、今でも『ミナミの帝王』で学んだことを意識して描いてるよ。」

 

ー『ドラゴン桜2』『インベスターZ』まで繋がる三田作品の個性は『ミナミの帝王』から生まれたんですね。

「そう。でも、同じようなものをずっと出しても埋没してどんどん人気は落ちていくわけだから、試行錯誤をして今のスタイルになった。それでも、3つのヒットの法則は忠実に守り続けてる。

基礎や法則を中途半端に取り入れただけのマンガは、“弱くて”読者から覚えてもらえない。3つの型は徹底的に守りながら試行錯誤をする。チャレンジする一方で、基本的な型を守り続けることはぶらさない。この心がけのおかげで、その後もヒット作を生み出すことができたとぼくは思ってる。」

 

ーなるほど。まさに「必要なことは型にはまること! 成功はすべて方によってもたらされる」ですね。

「うん、そして『クロカン』の黒木が言っている、「勝つとはてめえの手でつかみとるもんだ」というセリフ。編集者のサポートはもちろんあったけれど、最後は作者である自分の手で1位になる要因を掴んだってことで。」

ーなるほど…この2つのセリフは『クロカン』を1位にするまでのエピソードに基づいているのですね…

「まあ、セリフ2つになっちゃったけど、うまい具合に編集してください(笑)」

 

ー頑張ります。


(必要なのは型。まずは真似ることから!)

 

「幸せとは…金と健康だよ」お金の心配が減っても、苦しかったのはなぜか

ーぼくが最も衝撃を受けたのは9月のカレンダーに載っている『ドラゴン桜2』の「幸せとは…金と健康だよ」というセリフです。三田先生、本当に幸せは金と健康なんでしょうか?

(本当に幸せは金と健康なの?)

 

「そうだと思ってる。もちろん幸せは主観的なものだから、「お金と健康が満たされていても私は幸せだとは思わない」という人がいても間違いじゃない。けれど、お金と健康が揃っていれば、ご飯に困ったり病気で苦しむというような辛い思いをすることがグッと減るじゃない。沢山ある辛いことから自由になれて、幸せを追い求めることに集中できる。そんな風になれたら、それこそが幸せだと思わない?」

 

ーなるほど…とても納得しました。ちなみに三田先生が「お金と健康が揃っていれば幸せになれる」と気付いたのはいつごろですか?

「それは、徹夜をせずにマンガを描けるようになってからかな…。ぼくがデビューした当時は「マンガ家は徹夜が当たり前」という考えが常識で、極端な表現をすれば「苦しむほど良いマンガになる」という思い込みがあった。だから皆ギリギリまで時間をかけてマンガを描いてた。」

 

ー今でもそういうイメージがあります。「週刊連載中のある人気マンガ家は平均睡眠時間が1日3時間」だったり、「休日もネーム作りに費やすので結局休めない」といった、マンガ家さんの忙しいエピソードはよく耳にします。

「それは同時にアシスタントも忙しいということで、彼らも疲労困憊で大変な生活を送っていたの。人って疲れてると気が立って衝突してしまうでしょ? マンガ家になりたてのとき、どんな風にアシスタントと付き合っていけばいいか、先輩マンガ家からアドバイスをもらったことがあるんだよね」

 

ーどんなアドバイスだったんですか?

「「作業机には山盛りのお菓子を置け」って。「みんな常に疲れているから作業机のお菓子がなくなったらイライラしだすぞ」ってね(笑)」

 

ー山盛りのお菓子でアシスタントさんたちは満足していたんですか?

「全然。結局、徹夜ばかりで大変な職場だから離職率は高かった。それに、常にお菓子が置かれていたから残ってくれているアシスタントの子たちはドンドン太っていって。健康状態は最悪だった。」

 

ーそんな環境で三田先生はどんな状態だったんですか?

「ぼくも非常に苦しかった。家業の整理がついて無事マンガ家になれて、やっとお金の心配がだいぶ無くなってきた。それでも、苦しかったね。お金に困っていたときも苦しかったけど、健康的な生活が送れないことは、借金があることと同じくらい苦しかった。」

 

ーでも、今では三田先生の仕事場はアシスタントさんが働きやすいということで有名ですよね

「それは、デビューして14年ほど経ってから、作業場の仕組みを変えたことがきっかけ。ある日、マンガ家もサラリーマンのように9時〜5時で働けるんじゃないかと思って、その日にアシスタントの子たちに提案したの。早速定時制を始めてみると、夜中に仕事していたときより、効率的に作業が進んで定時までに制作が終わるようになった。そしたらそれ以降徹夜もしなくなって、ぼくもアシスタントも健康的になっていった。結果的に、アシスタントの離職率もグッと減った。」

 

ー徹夜を絶対しないという、根本的な問題解決によって働きやすい職場を実現したのですね。

「うん。今は作業場にお菓子は置いてなくて、食べたい人が自由に買いに行ってる(笑)」

 

ーそうなんですね(笑)。

「お金と、健康。この2つが揃って初めて、気楽に生活ができるようになった。お金と健康が揃えば、幸せの基盤ができあがるってその時気付いたね。それ以外の問題は実はいくらでも立て直せるから。」

 

ーなるほど。「幸せとは…金と健康だよ」…このセリフにはそんなエピソードが隠されていたんですね。

「どのセリフも取材や色んな経験や知識から紡ぎ出されているから、一概には一つのセリフと一つの経験が対応しているとは言えないけどね。まあ、井上くんもこれからドンドンお金稼ぐと思うけど、身体には気をつけて(笑)」

 

ー大稼ぎできるかは分かりませんが、健康な体で稼げるように努力します!

 

「時は金なりカレンダー」発売

ー最後に「時かねカレンダー」の発売に際して、読者のみなさんにコメントお願いします。

「「時は金なり」です。時間をうまく使ったものが多くの利益を得る。それは幸せになる方程式です。その日一日一日をなるべく多く稼げるように使いましょう。みんなでめくって稼ぎましょう。」

 

ー三田先生、ありがとうございました!